場面緘黙啓発月間と「鴨の羽色」

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場面緘黙啓発月間と「鴨の羽色」

障害とシンボルカラー

5月になると、SNSなどで「#場面緘黙啓発月間」という言葉を目にすることがあります。

海外では10月、日本では5月。場面緘黙について知ってもらうための啓発月間が、それぞれの時期に続けられています。

啓発活動では、病気や障害を表すシンボルとして「色」が使われることがあります。では、場面緘黙を表す色は何色なのでしょうか。

#場面緘黙啓発月間

場面緘黙の啓発月間は、もともと海外で10月に行われてきました。現在もSelective Mutism Associationなどでは、10月を「SM Awareness Month」とする発信が見られます。

日本では、この取り組みを紹介する際に、学校年度が4月に始まることを踏まえ、入学・進級から1か月後にあたる5月を「場面緘黙啓発月間」にしてはどうかと提案されました。

提唱したのは、長く場面緘黙について情報を発信してきた「場面緘黙症Journal」の富条さんです。2011年に海外の10月の啓発月間を紹介し、翌2012年に日本では5月とすることを提案しました。

富条さんは後年、5月とした理由について、場面緘黙は入学など新しい環境で問題化することが多く、早期に気づき支援につなげることが重要であること、日本では4月に新年度が始まるものの、診断基準では症状が少なくとも1か月続くことが要件とされていたため、1か月後の5月としたことを説明しています。

その後、「#場面緘黙啓発月間」という言葉はSNSなどでも使われるようになり、日本では5月の啓発月間が少しずつ定着してきました。

参考:場面緘黙症Journal「場面緘黙症啓発月間」/Selective Mutism Association

障害とシンボルカラー

病気や障害について知ってもらう活動では、特定の色やリボンがシンボルとして使われることがあります。

4月2日の「世界自閉症啓発デー」では、ブルーが自閉症のシンボルカラーとして使われています。日本でも各地の建物やランドマークが青くライトアップされ、世界自閉症啓発デー日本実行委員会は「癒やし」や「希望」などを表すブルーをシンボルカラーとしています。

州知事公邸をティールにライトアップ

2020年10月の「Selective Mutism Awareness Month」には、アメリカ・メリーランド州のラリー・ホーガン州知事が、州知事公邸「Government House」をteal(ティール)にライトアップしました。

当時の知事公式Facebookには、場面緘黙啓発月間に合わせてGovernment Houseを「lit teal」したことが投稿されています。投稿では、場面緘黙が特定の状況で話すことができなくなる不安に関わる症状であることや、早期に気づくことの重要性についても触れられていました。

場面緘黙の啓発を目的として、州知事公邸そのものが一つの色にライトアップされた事例です。

参考:Larry Hogan Governor’s Office Facebook投稿/Maryland State Archives「Government House」

ティールと「鴨の羽色」

ティール(teal)は、青と緑の間にある青緑色を表す英語の色名です。色合いには幅があり、青みの強いものを「teal blue」、緑みの強いものを「teal green」と表すこともあります。

「teal」は、もともと英語でコガモなどの小型のカモを指す言葉です。カモの羽に見られる青緑色から、色名としても使われるようになりました。

日本にも、カモの羽色に由来する「鴨の羽色」という表現があります。【静岡 場面かんもくの会】のホームページや制作物でも、設立当初から、このティール系の青緑色を基調にしています。

「鴨の羽の色」という表現は、かなり古くから日本に残っています。

『万葉集』の「鴨の羽色」

『万葉集』には、「鴨の羽色」にあたる表現を使った歌が二首あります。

その一首が、笠郎女(かさのいらつめ)が大伴家持に贈った歌です。

水鳥の 鴨の羽の色の 春山の
おほつかなくも 思ほゆるかも

笠郎女 『万葉集』巻八・1451
(意訳)

鴨の羽色のような春山の霞んだ緑。その色のように、あなたの私に対する気持ちも霞んで思えて、不安になります。

春山の霞んだ色と、相手の気持ちがはっきり分からない不安とが重ねられています。

参考:奈良県立万葉文化館「万葉百科・巻8-1451」

笠郎女と大伴家持

古代の婚姻の形は一様ではありませんが、『万葉集』の時代には、男女が別々に暮らし、男性が女性のもとへ通う「妻問婚」が行われていたとされています。男性の通いによって関係が続くという、現在とは異なる恋愛・婚姻の形です。

笠郎女の歌には、家持と「相見し」ことを踏まえた表現が見られます。

朝霧の 凡に相見し人故に
命死ぬべく 恋ひ渡るかも

笠郎女 『万葉集』巻四・599
(意訳)

朝霧の中で、ほんのわずかに逢っただけの人なのに。その人のことを、命がなくなりそうなくらい恋い続けています。

参考:奈良県立万葉文化館「万葉百科・巻4-599」

ほかの歌では、笠郎女が家持を待ち、思い続ける言葉が繰り返されます。

八百日行く 浜の沙も我が恋に
あにまさらじか 沖つ島守

笠郎女 『万葉集』巻四・596
(意訳)

歩けば800日もかかるような長い砂浜。その砂粒の数だって、私の彼を思う気持ちより多いなんてことはあり得ないのよ。ね? 沖の島守さん?

参考:奈良県立万葉文化館「万葉百科・巻4-596」

恋にもそ 人は死にする 水無瀬川
下ゆ我痩す 月に日に異に

笠郎女 『万葉集』巻四・598
(意訳)

人は恋で死ぬこともあるんですよ? 水無瀬川の地中の流れのように、表からは見えなくても、月を重ねるごと、日を重ねるごとに私は人知れず痩せていきます。

参考:奈良県立万葉文化館「万葉百科・巻4-598」

608番歌では、さらに激しい表現が現れます。

相思はぬ 人を思ふは 大寺の
餓鬼の後に 額づくがごと

笠郎女 『万葉集』巻四・608
(意訳)

振り向いてもくれない男を思い続けるなんて、お寺の餓鬼像の尻をありがたがって、床に額をつけて拝んでいるようなものだわ!

参考:奈良県立万葉文化館「万葉百科・巻4-608」

ここでは、報われない恋を強い比喩で表現しています。

激情と比喩の歌人

笠郎女の歌の魅力は、感情の激しさだけではありません。

長い浜辺の砂粒で恋心の大きさを表し、表からは見えない水無瀬川の流れに自分が痩せていく姿を重ね、報われない恋はついに餓鬼像の後ろを拝むことにまで例えています。

「八百日行く」の歌では、恋とは直接関係のない「沖つ島守」を歌の中へ呼び込み、まるでその場にいる相手へ「あなたもそう思うでしょう?」と同意を求めるような形になっています。

恋しさ、不安、執着、苦しさ、そして最後の激情まで、そのたびにまったく違う比喩へ置き換えています。感情は直情的ですが、表現は単純ではありません。

近年の研究でも、「八百日行く」「沖つ島守」「大寺」など、笠郎女だけに見られる語が複数指摘されています。独特な言葉と比喩を使って感情を歌に変える、非常に個性的な歌人でした。

本名も詳しい人生も分からない女性ですが、その言葉は29首もの歌として現在まで残されています。

参考:龍本那津子「笠女郎の歌とことば」大阪芸術大学 文芸学科・研究成果報告集 第32巻

家持からの返歌

『万葉集』巻四では、笠郎女が家持に贈った24首(587~610番歌)のあとに、家持の返歌二首(611・612番歌)が置かれています。実際にどの歌に対して、いつ返されたものかまでは、この配列だけでは分かりません。

笠郎女の現存29首はいずれも家持に贈った歌ですが、家持から笠郎女への歌として残るのは、この二首です。

その一首が、次の歌です。

なかなかは 黙もあらましを 何すとか
相見そめけむ 遂げざらまくに

大伴家持 『万葉集』巻四・612
(意訳)

いっそのこと、何もせず黙っていればよかった。どうしてあなたと逢い始めてしまったんだろう。ずっと添い遂げるわけでもないのに。

612番歌では、「遂げざらまくに(添い遂げるわけではないのに)」と、関係の継続に距離を置く表現が見られます。

参考:奈良県立万葉文化館「万葉百科・巻4-612」

もう一つの「鴨の羽色」

『万葉集』に残るもう一首の「鴨の羽色」は、大伴家持の歌です。

水鳥の 鴨羽の色の 青馬を
今日見る人は 限りなしといふ

大伴家持 『万葉集』巻二十・4494
(意訳)

鴨の羽色をした青馬を、今日見る人は限りない寿命を得るといいますよ。

この歌は天平宝字2年(758年)、正月七日の宴のために家持があらかじめ作った歌です。笠郎女とのやり取りがあった天平5年(733年)頃からは、二十年以上の月日が経っています。

笠郎女の歌は、

水鳥の 鴨の羽の色の 春山の

家持の歌は、

水鳥の 鴨羽の色の 青馬を

と始まります。

参考:奈良県立万葉文化館「万葉百科・巻20-4494」

笠郎女の本名も、詳しい人生も残っていません。それでも、恋をして、待って、苦しみ、「恋で人は死ぬ」と訴え、最後には激情をぶつけた言葉は歌として残りました。

大伴家持の返した言葉も、同じ歌集の中に残っています。

当時の恋愛の形は現在とは大きく異なりますが、男女それぞれの感情や温度差まで、1300年近く経った現在も読むことができます。

そして、二人の歌に共通して残った言葉の一つが、「鴨の羽色」です。

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