場面緘黙は2022年5月現在も「発達障害者支援法」の対象となっています。
「発達障害者支援法」設立の経緯
かつての福祉制度は「身体障害者福祉法」「知的障害者福祉法」「精神障害者保健福祉法(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律)」の福祉三法からなり、それぞれ「身体障害者手帳」「療育手帳」「精神障害者保健福祉手帳」と三つの障害者手帳が等級に応じて交付されていました。
しかし知的な障害を伴わない自閉症などの障害を持つものは精神障害者として対象になる場合もありましたが、多くは支援の対象にありませんでした。
このような福祉三法の谷間にあり支援を受けられなかった自閉症の支援団体が中心となり、自閉症を障害として支援する法整備を進める運動がなされてきました。
1992年「強度行動障害者特別処遇事業の開始」、1993年「障害者基本法の改正」、2002年「自閉症・発達障害支援センター運営事業の開始」と運動を結実させながら、LD(学習障害)、ADHD(注意欠陥・多動性障害)が注目されてきたのを契機に、自閉症、LD、ADHDを包括支援する新たな法案として「発達障害者支援法」成立に進んでいくことになりました。
発達障害者支援法の対象は?
2005年「発達障害者支援法」が施行されるにあたって、自閉症、LD、ADHDのみならず、これまで福祉制度の谷間に位置する人々も含めたなるべく広い対象を救う法律にしようという議論がされ、ICD10におけるF80・F90番台の諸障を対象にするものとなりました。
その内容は平成17年4月1日に文部科学省、厚生労働省が各都道府県知事、指定都市市長、指定都市教育委員会教育長、各国公私立大学長、各国公私立高等専門学校長に通達した「発達障害者支援法の施行について」にて明記されています。
17文科初第16号
厚生労働省発障第0401008号
平成17年4月1日
第二 法の概要
「発達障害」の定義については、法第2条第1項において「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるものをいう」とされていること。
また、法第2条第1項の政令で定める障害は、令第1条において「脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもののうち、言語の障害、協調運動の障害その他厚生労働省令で定める障害」とされていること。
さらに、令第1条の規則で定める障害は、「心理的発達の障害並びに行動及び情緒の障害(自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害、言語の障害及び協調運動の障害を除く。)」とされていること。
これらの規定により想定される、法の対象となる障害は、脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもののうち、ICD-10(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)における「心理的発達の障害(F80-F89)」及び「小児<児童>期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害(F90-F98)」に含まれる障害であること。
なお、てんかんなどの中枢神経系の疾患、脳外傷や脳血管障害の後遺症が、上記の障害を伴うものである場合においても、法の対象とするものである。(法第2条関係)
場面緘黙はICD10においてF94.0(選択制緘黙)に分類されており、「法の対象となる障害」に含まれています。
「発達障害」という病気はありません。
元々はIQ70以上の自閉症者が法的に何の支援も受けられない状態であったこと。
彼らを救うための運動が、当時の現行法で支援を受けられない福祉支援の谷間にあった諸々の障害を救うものになっていきました。
それらの諸々の障害を全て「発達障害」と一括りにして救い上げようというのが「発達障害者支援法」の設立の経緯です。
「発達障害者支援法」における「法の対象となる障害」一覧
F80‐F89 心理的発達の障害
- F80 会話及び言語の特異的発達障害
- F80.0 特異的会話構音障害
- F80.1 表出性言語障害
- F80.2 受容性言語障害
- F80.3 てんかんを伴う後天性失語(症)[ランドウ・クレフナー症候群]
- F80.8 その他の会話及び言語の発達障害
- F80.9 会話及び言語の発達障害、詳細不明
- F81 学習能力の特異的発達障害
- F81.0 特異的読字障害
- F81.1 特異的書字障害
- F81.2 算数能力の特異的障害
- F81.3 学習能力の混合性障害
- F81.8 その他の学習能力発達障害
- F81.9 学習能力発達障害、詳細不明
- F82 運動機能の特異的発達障害
- F83 混合性特異的発達障害
- F84 広汎性発達障害
- F84.0 自閉症
- F84.1 非定型自閉症
- F84.2 レット症候群
- F84.3 その他の小児<児童>期崩壊性障害
- F84.4 知的障害〈精神遅滞〉と常同運動に関連した過動性障害
- F84.5 アスペルガー症候群
- F84.8 その他の広汎性発達障害
- F84.9 広汎性発達障害、詳細不明
- F88 その他の心理的発達障害
- F89 詳細不明の心理的発達障害
F90‐F98 小児<児童>期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害
- F90 多動性障害
- F90.0 活動性及び注意の障害
- F90.1 多動性行為障害
- F90.8 その他の多動性障害
- F90.9 多動性障害、詳細不明
- F91 行為障害
- F91.0 家庭限局性行為障害
- F91.1 非社会化型<グループ化されない>行為障害
- F91.2 社会化型<グループ化された>行為障害
- F91.3 反抗挑戦性障害
- F91.8 その他の行為障害
- F91.9 行為障害、詳細不明
- F92 行為及び情緒の混合性障害
- F92.0 抑うつ性行為障害
- F92.8 その他の行為及び情緒の混合性障害
- F92.9 行為及び情緒の混合性障害、詳細不明
- F93 小児<児童>期に特異的に発症する情緒障害
- F93.0 小児<児童>期の分離不安障害
- F93.1 小児<児童>期の恐怖症性不安障害
- F93.2 小児<児童>期の社交不安障害
- F93.3 同胞抗争障害
- F93.8 その他の小児<児童>期の情緒障害
- F93.9 小児<児童>期の情緒障害、詳細不明
- F94 小児<児童>期及び青年期に特異的に発症する社会的機能の障害
- F94.0 選択(性)かん<縅>黙
- F94.1 小児<児童>期の反応性愛着障害
- F94.2 小児<児童>期の脱抑制性愛着障害
- F94.8 その他の小児<児童>期の社会的機能の障害
- F94.9 小児<児童>期の社会的機能の障害、詳細不明
- F95 チック障害
- F95.0 一過性チック障害
- F95.1 慢性運動性又は音声性チック障害
- F95.2 音声性及び多発運動性の両者を含むチック障害[ドゥラトゥーレット症候群]
- F95.8 その他のチック障害
- F95.9 チック障害、詳細不明
- F98 小児<児童>期及び青年期に通常発症するその他の行動及び情緒の障害
- F98.0 非器質性遺尿(症)
- F98.1 非器質性遺糞(症)
- F98.2 乳幼児期及び小児<児童>期の哺育障害
- F98.3 乳幼児期及び小児<児童>期の異食(症)
- F98.4 常同性運動障害
- F98.5 吃音症
- F98.6 早口<乱雑>言語症
- F98.8 小児<児童>期及び青年期に通常発症するその他の明示された行動及び情緒の障害
- F98.9 小児<児童>期及び青年期に通常発症する詳細不明の行動及び情緒の障害
「発達障害」の成り立ち
発達障害(Developmental disorders)という言葉はアメリカで生まれました。
1963年、就任直後のケネディー大統領は知的障害者、精神遅滞者の支援を行うため「母子健康ならびに地域精神保健センター建設法」「精神遅滞者施設ならびに地域精神保育センター建設法」を制定しました。
その後1975年には公法として「発達障害者援助及び権利章典法」を制定し、支援の対象を自閉症やディスクレシア(読み書き障害)に広げました。
発達障害 Developmentally Disabilitiesという概念は、この法案成立過程での精神遅滞関連団体からの提案に基づいて形作られていったと言われています。
- 一人が同時に異なる種類の障害をもつものが多いこと。
- 診断名によって望ましいサービスを受けられるか疑問であること。
- 個々の障害ごとに個々のサービスを行うことに反対する意見が多いこと。
これらの提案に基づいて1978年公法「リハビリテーション、包括的事業及び発達障害」では、支援の対象を診断名ではなく機能によって判定する方針に大きく切り替わりました。
それは2000年に修正された「発達障害者援助及び権利章典法」にも引き継がれています。
障害を診断名ではなく機能障害により定義する「医学モデル」から「社会モデル」への大きな転換でした。その定義は以下の通りです。
(B)乳幼児及び子ども
相当な発達の遅れもしくは、先天的または後天的異常がある0歳から9歳の子どもでサービスや支援がなければ、将来、上述のような症状が表れる可能性がかなり高ければ、上述の基準を3つ以上満たしていなくとも、発達障害があるとみなしてよい。
日本における基準はまだ「医学モデル」(診断病名)に基づいています。
将来的には知的障害・身体障害といった区分別けも不要になり、ニーズに応じた支援を受けられるようになればと願います。
日本における「発達障害」の狭義化
「発達障害者支援法」における「発達障害」はこれまでの福祉制度からこぼれてしまう多くの人々を救えるようにと、その範囲を広げて適用してきました。しかし、その理念が浸透する前に「発達障害」という言葉が一部の障害にのみ限定されるような認識が広まってしまっています。
これは文部科学省と厚生労働省の広報活動に原因があると言えます。
省庁における「発達障害」の定義と「発達障害」広報活動の狭義化
文部科学省、厚生労働省ともに、発達障害とは「発達障害者支援法」に明記されている『自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるものをいう』と定義しています。
つまり上にあげた一覧のICD10におけるF80、F90諸障害が全て含まれるとの認識ですが、その実態はかなり狭義化された説明になっているようです。
上の図は厚生労働省における「発達障害の理解のために」作成された障害特性の図です。
各都道府県自治体や各発達支援センターもこれを踏襲して『発達障害=この図の諸障害です』と説明しています。
一見すると分かるように『「自閉症スペクトラム」「ADHD」「LD」+トゥレット症候群・吃音』以外の障害には触れておらず、この図だけ見ると法律で定義された『「発達障害」=ここに記載のあるものだけ』という誤解を生むものです。
同様に厚生労働省の作成しているパンフレット「発達障害の理解のために」でも、各自治体の発達障害者支援センターの一覧と共にこの図を採用しており、これでは、その他の発達障害に含まれる人々は利用者対象ではないような印象を持たれてしまいます。
文部科学省においても、発達障害を狭義化して説明している構図は変わりません。
2001年より特殊教育から特別支援教育への転換が行われ「軽度発達障害(LD、ADHD、高機能自閉症)」を対象とするとして、2006年には通級指導教室の対象にLDとADHDが加えられました。
2007年に特別支援教育が本格的に始動します。
その際、従来の対象に加え「発達障害」も特別支援教育の対象となりました。
言うまでもなくこの「発達障害」とは「発達障害者支援法」における定義と同じ(F80、F90に記載されている諸障害)です。
しかし、これまでの経緯を継承し幅広い「特別支援教育」対象の例示は常に、自閉症、ADHD、LDに限定されています。
「発達障害」「特別支援教育」の対象に対するこれらの狭義化された広報活動により、制度が出来ているのに支援現場での認識が追い付いていない要因となっています。
発達障害者支援法(平成十六年十二月十日法律第百六十七号)
第一条 この法律は、発達障害者の心理機能の適正な発達及び円滑な社会生活の促進のために発達障害の症状の発現後できるだけ早期に発達支援を行うとともに、切れ目なく発達障害者の支援を行うことが特に重要であることに鑑み、障害者基本法 (昭和四十五年法律第八十四号)の基本的な理念にのっとり、発達障害者が基本的人権を享有する個人としての尊厳にふさわしい日常生活又は社会生活を営むことができるよう、発達障害を早期に発見し、発達支援を行うことに関する国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに、学校教育における発達障害者への支援、発達障害者の就労の支援、発達障害者支援センターの指定等について定めることにより、発達障害者の自立及び社会参加のためのその生活全般にわたる支援を図り、もって全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを目的とする。
もともとは自閉症の支援団体が長い年月をかけて着実に積み上げていった活動が結実し、今日の「発達障害者支援法」が出来上がりました。
障害を診断名ではなく機能の障害で判断するという欧米の現状には至っていないものの、これまでの福祉支援からこぼれた多くの障害者を救うという理念は素晴らしいものだと思います。
今後、診断基準が変わってもこの理念は継続していってもらいたいと願います。
また、支援に関わる多くの方々には本来の理念に基づき、限定された障害だけという誤解を解いていただきたいと切に願います。