「発達障害者支援法」から「場面緘黙」が外される?

目次

「発達障害者支援法」の改正について

2016年度に一部改正された「発達障害者支援法」ですが、また改正が議論されています。

その中でこれまで「発達障害者支援法」の対象とされていた場面緘黙を含む様々な障害をこの法対象から外そうという動きがあるようです。

「発達障害者支援法」における「発達障害」の定義とその成り立ちについては、以下の記事を参照してください。

ICD-10からICD-11へ~30年ぶりの発表~

世界保健機関(WHO)では、異なる国や地域から、異なる時点で集計された死因や疾病のデータ記録、分析、比較を行うために、国際的に統一した基準で設けられた分類を定めています。

これを「疾病及び関連保険問題の国際統計分類」、略称「ICD」と呼びます。

International Statistical Classification of Discases and Related Health Problems(厚生労働省のリンクを開く)

日本も統計法に基づき、国内での医学的分類はICDに準拠した統計分類を使用しています。

1990年公開から細かく改訂を続けてきたICD-10でしたが、実に30年ぶりにICD-11が新たに発表されました。

2019年の発表から2022年の正式発効までの期間に各国はこれを自国語に翻訳し、適用するべく調整をしていきます。

今回のICD-11では、ICD-10のアルファベットと数字4桁のコードを一新し、カテゴリも変更されています。

その中で「発達障害」対象となっていたF80番台、F90番台のコードも変更されており、これを機に新たに「発達障害」の定義を見直そうという動きが出てきているようです。

障害児心理学の専門家である『群馬大学教育学部』 久田 信行 教授がこの問題についての解説動画を出されていますのでご参照ください。

久田先生は「場面緘黙関連団体連合会」の事務局長も兼任されておられます。
「静岡 場面かんもくの会」も連合会に名を連ねさせていただいております。
久田先生の情報を元に以下に続いて解説していきます。

多くの福祉制度の谷間にいる人々を救うという理念で制定された「発達障害者支援法」だったはずですが、その理念に逆行するような議論の方向性に進んでいるようです。

ICD-11への移行で何が変わるのか?

ICD-11における発達障害とは?

発達障害を特定の障害名で規定しているのは日本だけです。

欧米では病名でなく機能障害の有無(困っているか?どれほど困っているか?)で判定し、支援につなげています。

その意味では我が国は数段の遅れをとっていると言えます。

ICD-11では「ICD-10における『F80 心理的発達の障害』、『F90 小児〈児童〉期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害』」は以下のように編集されて分類されています。(ICD-11を参照する)

ICD-11

06「Mental,behavioural or neurodevelopmental disorders」(精神的、行動的または神経発達障害)

  •  neurodevelopmental disorders(神経発達障害群)
  •   6A01 Autism spectrum disorder(自閉症スペクトラム)
  •   6A3 Developmental learning disorder(発達学習障害)
  •   6A05 Attention deficit hyperactivity disorder(注意欠陥多動性障害)
  •   8A05.0Primary tics or tic disorders(原発性チックまたはチック障害)
  •  Anxiety or fear-related disorders(不安または恐怖関連の障害)
  •   6B01 Panic disorder(パニック障害)
  •   6B05 Separation anxiety disorder(分離不安障害)
  •   6B06 Selective mutism(場面緘黙症)

ここに挙げた障害は全てではありません。

06「Mental,behavioural or neurodevelopmental disorders」(精神的、行動的または神経発達障害)を大項目としてその下には21の中項目が並び、さらにそれぞれの障害の小項目と続いています。

この分類はDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)という、アメリカ精神医学会が出版している精神疾患の診断基準・診断分類に準拠しています。(DSM-5を参照する)

DSM-5における「神経発達症群/神経発達障害群」は診断基準として背景が整理され使いやすいものであったため、ICD-11においてこれに準拠した分類に変更したようです。

「DSM-5」の分類に基づき、医療分野での「発達障害」は「神経発達症群」に限定されています。
「医療」と「法律」によって「発達障害」は二つの判断基準に分かれています。
これを「医療」に寄せようというのが今回議論されている改正となります。

「発達障害者支援法」改悪に関する懸念の根拠

2013年 厚生労働科学研究成果として発表された「ICDの改訂における発達障害の位置づけについて」において、医療関係者にアンケートとインタビューを行い42通を回収。

その結果として、「我が国の医療関係者の多くが発達障害の範囲を従来通りICDによって規定することが適切であると考え」ているとし、「DSM-5で提唱された『神経発達障害』の概念と対象範囲が現在の発達障害者の診療や支援と概ね親和性が高いもの」と考えられると結論づけた。

また、ICD-11において「『神経発達障害』とは別の診断カテゴリーに位置づけられると予測される障害については、自閉症スペクトラム障害や注意欠如多動性障害、限局性学習障害といった生物学的要因を考慮したものと分ける方がよいといった考え方」が多いとして、発達障害=神経発達障害に限定すべきであると論じた。

この研究は「国立発達障害情報・支援センター顧問」「埼玉県立発達障害総合支援センター所長」「日本発達障害ネットワーク所長」などを兼任する市川 宏伸 博士によるものであり、今後の「発達障害者支援法」改正の論拠となるものであるとみられています。

医療関係者への聞き取りをもとにしたことで、当然の結果かと思います。
医師として、生物学的要因の神経発達障害と不安障害が同じ「発達障害」であるとは認められないのでしょう。

また市川 博士は2020年、東京都福祉保健局「発達障害者支援ハンドブック」に寄稿し同様の論を展開しています。

東京都福祉保健局「発達障害者支援ハンドブック2020」

第一章「発達障害とはなんだろう?」

「2: ICDによる定義」

ICD 第10版(ICD-10)によれば、代表的な発達障害には、以下のようなものがあります。

 F8:会話および言語の特異的発達障害(言語障害)
   学力の特異的発達障害(学習障害)
   運動機能の特異的発達障害(発達性協調運動障害)
   広汎性発達障害(自閉症、アスペルガー症候群など)他
 F9:小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害
   多動性障害(注意欠陥多動性障害)
   素行(行為)障害(反抗挑戦性障害など)
   小児期に特異的に発症する情緒障害(分離不安障害など)
   小児期および青年期に特異的に発症する社会的機能の障害(選択緘黙、愛着障害など)
   チック障害(トゥレット症候群など)
   小児期および青年期に特異的に発症する他の行動および情緒の障害(吃音など)他

下線部は、今後国として正式に使用を始める予定のICD第11版(ICD-11)では削除される可能性がある内容です。

~中略~

世界的に使用している診断基準に、米国精神医学会によるDSM-5(第5版:2013年発刊)があります。

この中では、広汎性発達障害は自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD)、学力の特異的発達障害(学習障害)は限局性学習症(Specific Learning Disorder:SLD)と呼ばれています。

現在邦訳中のICD-11(第11版:2019年発刊)は内容的にDSM-5に近く、日本語版が出た時点で、発達障害の定義の一部変更があると考えられています。

ICD-11における神経発達障害群以外の障害にのみ下線を引き、「発達障害」から除外するという論を展開しています。

ICD-11から削除されるというのは間違いです。

ICD-11でも大項目は一緒です。その下の中項目で区分されています。というのが正解です。

Mental,behavioural or neurodevelopmental disorders(精神的、行動的または神経発達障害)の中で、「Neurodevelopmental disorders (神経発達障害群)」と「Anxiety or fear-related disorders(不安または恐怖関連の障害)」などに区分されます。

発達障害者支援法改正に大きな影響力のある市川 博士のような方が、公的な資料に「発達障害の定義の一部変更があると考えられています」と決定事項のように書かれるのは…本当に困ってしまいますね。

現時点での「発達障害者支援法」改正の動き

現時点で(2022年4月)、発達障害者支援法の改正についての公の場での議論はなされていません。

水面下では市川 博士など「発達障害=神経発達障害群」に限定する動きが進んでいるようです。

ICD-11におけるNeurodevelopmental disorders(神経発達障害群の一覧)を参照します。

  • Neurodevelopmental disorders(神経発達障害)
  • 6A00 Disorders of intellectual development(知的障害)
  • 6A01 Devolepmental speech or language disorders(発達言語障害または言語障害)
  • 6A02 Autism spectrum disorder(自閉症スペクトラム障害)
  • 6A03 Developmental leaning disorder(発達学習障害)
  • 6A04 Developmental motor coorination disorder(発達性運動協調障害)
  • 6A05 Attention divicit hyperactivity disorder(注意欠陥・多動性障害)
  • 6A06 Stereotyped movement disorder(情動運動障害)
    • 8A05.0 Primary tics or tic disorders(原発性チックまたはチック障害)
  • 6E60 Secondary neurodevelopmental Syndrome(二次神経発達症候群)
  • 6A0Y Other specified neurodevelopmental disorders(その他特定の神経発達障害)
  • 6A0Z Neurodevelopmental disorders,unspecified(詳細不明の神経発達障害)

DSM-5基準でのいわゆる「発達障害」診断の障害がある一方で、「Disorders of intellectual development(知的障害)」までが含まれています。

「発達障害者支援法」対象の中に「知的障害者福祉法」対象が含まれるという重複が生じてしまいますが、それについて市川 博士は言及されていないようです。

発達障害者支援法から外れたらどうなる?

「発達障害者支援法」とは「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現」のため、障害を持つものが学習、就労、発達障害者支援センターの利用など、切れ目なく支援を受けられるように規定している法律です。

福祉支援の谷間にある障害者を救うという理念で制定された「発達障害者支援法」ですが、その対象が限定されることで、これまで支援を受けてきた人は法的根拠を失い、再び福祉支援の谷間に転げ落ちることになります。

また、これまでの狭義化された広報活動によって理解を得られなかった障害は、ますます支援者側に認知されない状況に追い込まれると予測されます。

「障害者手帳の交付」を含めて「発達障害者支援法」以外の法整備があるため、これまで受けてきたサービスを突然取り上げられるという事態は考えにくいとは思いますが、新たな支援や理解を得ていくには困難が出てくると思われます。

No one will be left behind !!

誰一人取り残さない」をスローガンに2030年までに全世界で達成を目指すSustainable Development Goals(持続可能な開発目標)。

17項目の目標の中には障害者と関係の深い項目も多くあります。

全ての人に健康と福祉を

あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する

Ensure healthy lives and promote well-being for all at all ages

今後の法改正が予測される「発達障害者支援法」が本来の「No one will be left behind」の理念に沿ったものであることを願います。

発達障害者支援法の改正に対する要望書

2021年10月下旬、同年11月と「場面緘黙関連団体連合会」は後藤 茂之 厚生労働大臣尾辻 秀久 発達障害の支援を考える議員連盟会長市川宏伸 一般社団法人 日本発達障害ネットワーク理事長に対して、以下の要望書を提出しております。

要望書では場面緘黙支援についてのアンケート結果を踏まえ、多くの人に日常的な支援のニーズがあること、法改正でそれが失われる可能性について触れ、今回の改正で法対象を変えないようにと要望しています。

同時に末松信介 文部科学大臣にも同様の要望書に加え、理解促進と啓発強化を要望しました。

場面緘黙関連団体連合会とは?

場面緘黙、障害にかかわる研究者および、国内19の場面緘黙に関わる支援団体が集まり、法改正など今後の支援に関わる重大な事案に対して協議し、連合会として意見、要望しています。

連合会のHPはこちらです。twitterもあります

要望書はこちらから閲覧可能です。要望書については多くの方に見ていただき広めていただきたいと思います。

発達障害者支援法の対象変更は、出来るだけ多くの人を救うという成立時の理念に反して、一部の障害に対してのみ支援を強化するものです。ふたたび支援福祉の谷間に取り残される人々を生まないためにも、多くの人が情報を知り、反対の声を寄せていただけますようお願いいたします。

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